企画展準備日誌 その18 亜高山帯の針葉樹林

ブログ 今日の美博

企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

南アルプスのイメージと言えば、広大な亜高山性針葉樹の森ではないでしょうか?
北アルプスと違って、歩いても 歩いても視界がひらけず、苔むした森の急登がいつまでも続くあの感じです。

今回の展示では、亜高山帯の森林を抜けて高山へ至る感じを出したい思い、入口付近は亜高山性針葉樹林イメージでデザインしています。

こんな感じです↓

霧のまくシラビソとトウヒの森。
林床にはフジノマンネングサやイワダレゴケがみっちりと生えています。

オープンまでに、もう少し改造します。
お楽しみに!

【今日の展示室】
A0サイズのパネル12枚を設置したら、ぐっと展示室らしくなってきました。

四方圭一郎

企画展準備日誌 その17 キタダケヨトウ

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

キタダケヨトウは、1959年に南アルプスの最高峰北岳で、高山蛾の第一人者 神保一義さんによって初めて採集され、その後1968年に3個体目が採集されて以降、まったく見つかっていない幻の高山蛾でした。
飯田市美術博物館の南アルプス調査では、この蛾の再発見が大きな目標のひとつでした。

世の中がコロナ禍で右往左往していた2021年7月。
季節はずれの台風とコロナの影響で調査日程が変更になり、美術博物館のチームは調査に参加できませんでした。

その時に、なんと 53年ぶりにキタダケヨトウ↓が採れてしまったのです! 


採集したのは蛾類学会の金子岳夫さん。その第一報を聞いたときは、再発見された嬉しさより、自分自身の手で採れなかった悔しさが勝って膝が震えたのを思い出します。

新たに得られた個体の斑紋やオスの交尾器を詳しく調べたところ、ヨーロッパの個体群と一定の差異があり、akaishialpinaという名前をつけて、蛾類学会会長の枝恵太郎さんと共著で新亜種として記載しました。

2021年以降も、南アルプスでの高山蛾調査は継続しています。
キタダケヨトウの最新情報は、ぜひ展示室でお確かめください!

【今日の展示室】
記念写真撮影コーナーの撮影台を設置しました。
A0サイズの写真のパネル張りが終わりました。明日展示室に設置予定です。

四方圭一郎

企画展準備日誌 その16 タカネマンテマその2

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)


▲タカネマンテマの花

昨日の日誌で、南アルプス塩見岳で岡田邦松によって採集されたタカネマンテマが、牧野富太郎によりMelandrium apetalum (L.) Fenzl f. okadae Makinoの名で記載されたことを紹介しました。

最新のシノニミックリストでは、上記のとおりokadaeになっているのですが、古い文献をみるとokadaiと記されているものがあります。

そこで、牧野自身がどのような名前で記載したかを調べてみました。

Makino T.,1918. A contribution to the knowledge of the flora of Japan. Journal of Japanese Botany 2:5-8. 

これを見ると牧野富太郎はokadaiという品種名を付けているのがわかります。
ではなぜokadaiokadaeに変化したのでしょうか?

昆虫など動物では、男性の人名を種小名に付ける場合、語尾にiを付けます。
もしかして動物と植物でルールが違うのでは?と思い調べてみましたら、正解でした!

植物では、「人名の語尾がaの場合は、iではなくeをつけてaeとする」そうです。
ですので、牧野のつけたokadaiは、後人によってokadaeに訂正されたものと考えられます。

牧野の記載論文をみてもう一つ面白いことに気が付きました。
岡田邦松が採取した標本のデータは、「Mt. Shiomi (Kunimatsu Okada!  July 28, 1914)」と記されています。
この時の様子を記した河野齢蔵の記録では7月26日、前澤政雄の記録では7月28日で、どちらが正しいのか判断がつかなかったのですが、牧野のデータと前澤の記録が合致することから、1914年7月28日が正しいと思われます。

些細なことでも調べていくと、いろいろ面白いことがわかってきますね。
しかし、重箱の隅を突くようなことばかりしていると、肝心の展示が出来上がりません。
スタートまでとうとう2週間を切ってしまいました。がんばらねば。

【今日の展示室】
昨日と変化なしです。
A0サイズのパネルを13枚打ち出しました。写真をデカく打ち出すとなかなか迫力があります。

四方圭一郎

 

企画展準備日誌 その15 タカネマンテマ

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

タカネマンテマは日本では南アルプスの限られた場所にだけ生える希少種で、世界的には周北極要素の植物です。

この植物を日本で初めて発見したのは、下伊那郡喬木村阿島出身の岡田邦松です。岡田は長野県内で教職につきながら、矢澤米三郎河野齢蔵とともに高山帯の学術調査を積極的に行っていました。

1914年(大正3)7月下旬に、大鹿村から塩見岳に登った時に山頂付近でタカネマンテマを発見しました。その後、牧野富太郎によりMelandrium apetalum (L.) Fenzl f. okadae Makino* の名で南アルプス固有の品種として記載され、品種名は岡田に献名されました。

*この品種名は現在使われていません

飯田市美術博物館には、同じ時代に活躍した前澤政雄の資料が寄贈されています。
上の写真はその中の1点です。

前澤の著書「赤石嶽より」の中に書かれていた文章などから、この写真はタカネマンテマ発見の日の朝の野営地(中俣)であることがわかりました。
左の方に立っているのが岡田邦松で、その右横で準備しているのが河野齢蔵だと思われます。

写真をよく見ると、捕虫網もちゃんと写っていますね。

【今日の展示室】
90☓200cmの、展示室入り口に立てるパネルを打ち出して設置しました。
毎日、少しずつ前進している感じはあります。
完成にはまだ遠いですが…。

 

 

企画展準備日誌 その14 ウチジロナミシャク

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

ウチジロナミシャクは、北アルプスや八ヶ岳ではわりと見かけるシャクガですが、南アルプスでは個体数が少なく、しかも南部でしか見つかっていません。


▲ライトトラップに飛来した成虫(南アルプス茶臼岳)

古い文献の中ではウチジロナミシャクとアルプスナカジロナミシャクが混同されていて、ウチジロナミシャクは南アルプス全域に分布しているように見えます。

しかし、あらためて記録を整理しなおしてみると、全域で見られるのはアルプスナカジロナミシャクで、ウチジロナミシャクは赤石岳大聖寺平より南でしか見つかっていないことがわかりました。

現地踏査でも、茶臼岳と上河内岳で生息を確認できましたが、他の場所では見つけることができていません。

以前紹介したタカネツトガが聖岳から北にしか分布していないように、ウチジロナミシャクは赤石岳より南にしか分布していないようです。
面白いですね。

【今日の展示室】
県内の博物館で、企画展で展示する資料を借用してきました。
大正から昭和初期に採集された高山植物や高山昆虫の標本です。
どれも非常に保存状態が良くて、標本はちゃんと保存すれば、100年という時間を濃縮し容易に過去を再現できるすごいものだと再認識しました。

四方圭一郎

企画展準備日誌 その13 オオギンスジコウモリ

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

高山蛾のほとんどは、7月下旬から8月中旬に発生しますが、オオギンスジコウモリは、山に秋の気配が漂い始めるお盆過ぎから発生する、ちょっと変わった蛾です。

北アルプスや中央アルプス、白山、妙高、秩父山地で見つかっていましたが、なぜか南アルプスの正式な記録はありませんでした。

オオギンスジコウモリはこんな蛾です↓

2017年9月に南アルプス南部を縦走中だったAさんが聖平で本種を見つけて写真を撮影され、南アルプスにも生息していることが明らかとなりました。

いったん生息していることが確認されると次々と産地がみつかるもので、その後の調査で荒川岳、三伏峠、熊ノ平、鳳凰三山でも確認し、南アルプスの亜高山帯上部に広く分布していることわかりました。

大型で目立つ種類でも、調査不足だと「生息していないことになってしまう」例です。

発見後ネットで情報を調べてみると、旧光小屋のウェブページにオオギンスジコウモリの写真が掲載されていたこともわかりました(現在そのウェブページは閉鎖されています)。
一部の人たちの間では、南アルプスにオオギンスジコウモリが生息することは周知の事実だったようです。

【今日の展示室】
展示室の天井から吊るすバナーが納品され、さっそく設置してみました。
展示室入口付近は、亜高山帯の苔むした森に迷い込むようなイメージに仕上がりそうです!

企画展準備日誌 その12 ライチョウ

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

2017年の南アルプスの企画展は「世界最南端のライチョウがくらす南アルプス」と題して、ライチョウを主役に据えましたが、今回はライチョウはあまり取り上げないつもりで準備してきました。

しかし、展示のための写真を選んでいると、やはりライチョウは表情豊かで魅力的な生き物ですので目に止まってしまいます。

なので、いくつかの写真は大きく伸ばして展示室の雰囲気作りに使おうと思い、写真を選び始めました。


▲雪渓の上で餌をついばんでいたペアのライチョウ


▲4羽の雛を連れたお母さんライチョウ

南アルプスのライチョウは、山域全体で約300羽が生息すると推定されています。
個体数が少ないこともあり、北アルプスや御嶽山に比べると出会う機会は少なく、いまでもライチョウを見かけると嬉しくなってしまいます。

高山帯では、ライチョウの他にホシガラス↓や

イワヒバリ↓もよく見かけます。

鳥たちも少しは紹介しますので、鳥好きの方もぜひお出かけくださいね。

【今日の展示室】
今日から、本格的に展示づくりを始めました。
展示ケース、展示台などを運び込み、壁にスクリーンを張ったり、プロジェクターを設置したりしました。
フライヤーの配布作業も終了しました。地域の施設や各地の自然系博物館にお送りさせていただきます。
どうぞよろしくお願いします!

四方圭一郎

企画展準備日誌 その11 スンシウヘウタンボク

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

明治・大正時代の学術登山の記録を追いかけていくと、河野齢蔵という名前が出てきます。
長野県内で教職につく傍ら、日本アルプスや北海道、樺太の山を歩いて植物を研究した人物で、「高山研究」(岩波書店)や「日本高山植物図説」(朋文堂)など著書もあります。

河野齢蔵は、山岳(日本山岳会会誌)10巻2号(1915年/大正4年)に「塩見岳登山記」という一文を寄せています。その中に次のような文章があります。

「大正二年八月、余が同志数名と共に、赤石の荒川岳に登って下山する時、案内者に道を誤られて、大井川の上流西俣に迷い込んで一泊して、翌日、大河原に出やうとして、中俣の渓谷を遡って、塩見岳の山麓を巡れる際に於いて、新種スンシウヘウタンボク Lonicera watanabeana Makino を採集した。」

この「スンシウヘウタンボク」とはいかなる植物だろうと調べてみたところ、現在ではエゾヒョウタンボクとされている種で、図鑑によってはその変種「スルガヒョウタンボク」とされている植物のことでした。

ヒョウタンボクは普段あまり意識していない植物なのですが、どこかで撮影していなかったかなぁと写真フォルダーをあちこち探してみたところ、南アルプス山麓で撮影したものが見つかりました↓


これがスンシウヘウタンボク(スルガヒョウタンボク)です!
本州ではかなり稀な植物のようで、南アルプスを特徴づける種のひとつといっていいと思います。

河野齢蔵は、スルガヒョウタンボクを採集したときにコゴメヒョウタンボクも採集しており、こちらには konoi という名前が牧野富太郎によってつけられて、今でも変種名として使われています。

展示に向けてヒョウタンボク類を調べていたら、だんだん興味が湧いてきました。
調べれば調べるほど、芋づる式に興味があちこちへ延びていくのが、博物学の面白さですね。
これからフィールドを歩くときは、ヒョウタンボクも意識して探してみたいと思います。

今日は展覧会のフライヤーが納品されました。
明日からいよいよ展示室づくりが始まります。
展覧会スタートまであと18日!

四方圭一郎

企画展準備日誌 その10 ホウオウシャジン

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

 

鳳凰三山は、30年以上前、学生の頃に北沢峠から夜叉神峠まで歩いたことがありましたが、雨に降られてずぶ濡れになった記憶しか残っていません。
なので、いつか再訪して晴れた鳳凰三山を歩き、固有変種のホウオウシャジンを撮影してみたいと思っていました。

 

2020年はコロナ禍が始まった年で、多くの山小屋が休業を余儀なくされ、山によっては登山道も閉鎖されたりしていました。
そんな中、鳳凰三山の小屋は感染症予防対策を徹底して営業を続けておられテント場も使用できるとのことで、1泊2日で夜叉神峠から地蔵岳まで往復することにしました。

1日めは南御室小屋のテント場に泊まり、稜線を歩いたのは2日目でした。
快晴の朝、花崗岩が風化した登山道は砂浜のように白く輝き、初秋の空気の下、鬱々としたコロナ禍をすっかり忘れ、清々しい気分で歩くことができました。

ホウオウシャジンは、登山道沿いのあちこちに見られ、釣鐘のような紫色の花を花崗岩の割れ目からぶら下げていました。
南アルプスの他の山には分布していないのに、鳳凰三山ではもっともよく見かける花です。

ここには、ホウオウシャジンと並んでもう一つ有名な高山植物があります。
タカネビランジです。

タカネビランジは南アルプス各地に分布していますが、花の色はピンクから白まで地域によって異なります。
鳳凰三山のタカネビランジは濃いピンク色で、白い花崗岩によく映えます。

ホウオウシャジンが見頃の時期はタカネビランジには遅く終わった花や傷んだ花が多かったので、次はもう少し早い時期に訪れてみたいです。

四方圭一郎

企画展準備日誌 その9 ホッキョクモンヤガ

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企画展 高山植物と高山昆虫からたどる
南アルプス博物学の120年

会期:2025年6月7日(土)〜8月31日(日)

「南アルプスの高山帯には北極と共通する自然がある」と事あるごとに吹聴してきましたが、ホッキョクモンヤガはそんな「北極」の名前を冠した高山蛾です。
一見地味に見えますが、新鮮な個体の翅(はね)は銀色に輝き、息を呑むほど美しい蛾でもあります。

高山蛾に興味を持ってからもホッキョクモンヤガにはなかなか巡り会えず、僕にとって憧れの高山蛾の一つでした。
しかし2018年は当たり年だったようで、ライトトラップにはメスを含む多数の個体が飛来し、日中にも花に吸蜜に来た個体や飛翔する個体をたくさん見ることができました。

そこで、過去の調査データをかき集めて集計してみました。
すると、奇数年にくらべ偶数年の記録が圧倒的に多い事がわかりました。

北海道では、成虫になるまでに2年かかることが報告されています。
偶数年に産まれた卵は、翌年は羽化せず、次の偶数年に現れることになります。

2016年、2017年、2018年の調査で確認したホッキョクモンヤガの個体数を示したのが右下のグラフです。
奇数年に全く出現しないわけではないようですが、この3年間の調査からは偶数年偏り発生説が有力な気がしてきます。

では、2020年、2022年、2024年はどうだったのでしょうか?
結果は、2020年ゼロ、2022年1個体、2024年若干個体 でした。

調査時期や場所の問題もあるでしょうから単純に比較できませんが、単純に偶数年ごとに大発生するわけではないようです。
ちなみに2019年、2021年、2023年はゼロでした。

高山蛾の分布はかなり正確に把握されてきましたが、生態面はまだわからないことだらけです。
何年も続けて調査しないと見えてこないことも多そうです。
高山蛾の沼は、あぁ深い…。

四方圭一郎