【春草展示第34期】ミニ解説④質問のあった作品について

菱田春草記念室 第34期展示

美術学校での学び-春草の基礎学習-

より、簡単に展示内容をご紹介してきました。

ミニ解説①では美術学校に入るまで 、ミニ解説②では 美術学校の3つの基礎学習、ミニ解説③では《鎌倉時代闘牛の図》をご紹介しました。

今回は本展示について、お客様から質問のあった、とある「作品」についてご紹介します!

「どうして最後に下村観山の絵があるの?」「今回の展示とどんな関係があるの?」

春草の美術学校での学びを追う今回の展示。臨画、写生、新按の作品が並び、美術学校の案内や春草の卒業制作への意気込みを兄・為吉へ語る書簡、そして東京美術学校の卒業証書。

無事、画家春草の誕生までを作品と資料を通して見終えたところで、最後に1点、下村観山《稚児文殊》(明治28年、飯田市美術博物館蔵)が展示してあります。

菱田春草記念室、菱田春草常設展示に、なぜ他の作家が。そして今回はなぜ観山が。ご覧になった方はそのように思われたのでしょう。

 

まず、当館の菱田春草記念室は、春草の作品と資料を中心に、また同時代に活動した春草の周辺作家の作品も合わせて、彼の画業に迫る展示構成となっています。そのため、ALL春草であることは珍しく、毎回1〜数点の周辺作家の作品と合わせて構成しています!春草と各作家の、似ているところや個性を感じるところ、比較してご覧ください。

 

そして今回、なぜ下村観山が選ばれたのか。

理由は「《鎌倉時代闘牛の図》を展示したから」です。

春草と観山は、共に日本美術の革新を目指し切磋琢磨しあった仲でした。観山は、春草にとって年齢も美術学校の学年も春草の1つ上の先輩です。
ミニ解説③で、春草の《鎌倉時代闘牛の図》は、東京美術学校の校友会臨時大会で2位に当たる賞をもらった作品と紹介しましたが、その時の1位の賞は下村観山が受賞しました。
美術学校卒業後も、日本美術院で拠点を共に制作に励みました。お互い別のルートで留学をしていてもイギリスで待ち合わせをして会ったり、帰国後は茨城県五浦でまた制作を共にしたりと、春草にとってかなり長い時間近くにいた画家仲間の一人です。

それから欠かせないのは、春草の兄・為吉との関係です。為吉は、東京に暮らした頃は春草の生活の面倒をみていました。可愛い弟の夢を応援してくれる優しい兄。為吉のお給料日になると、春草とその友人数人が為吉の帰宅を家の前で待っていたそうです。そして為吉のお給料から、春草は1円札をもらい、友人たちとご褒美外食に繰り出していったそうです。その友人たちの中にいた1人が、観山。
美術学校を卒業後、画家兼同校の教員になった観山。社会人となって、学生時代にご馳走になっていた為吉へお礼を伝えるために1つの作品を描いて贈りました。まさにそれが、今回展示してある《稚児文殊》なのです。

春草が兄に贈った《鎌倉時代闘牛の図》。この作品と、春草と、観山と兄・為吉は、とても関係があるのでした。

 

以上、小話のような紹介でした。

菱田春草記念室 常設展示 第34期 美術学校での学び-春草の基礎学習-は5月29日まで。残り1週間を切りました!画家・春草の始まりをぜひご覧ください。

(美術部門:加納向日葵)

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