【春草展示第35期】ミニ解説②朦朧体期の水墨表現


菱田春草記念室
 第35期展示

墨の情趣-春草の水墨表現-

の展示を、テーマを設けて数回にわたってお伝えしています。

第1回目【春草展示第35期】ミニ解説①墨の情趣は、展示全体の概要を紹介しました。

第2回目は、明治30年代前半、いわゆる朦朧体期とよばれた時期の水墨表現について、展示作品をもとに紹介したいと思います。

 

まずは当時の春草と「朦朧体」について、簡単に。春草は、明治30年代初め頃から、それまでの日本美術で大切にされてきた「輪郭線」を排除した画風を試みます。西洋美術の空気遠近法を用いた写実表現や、中国宋代の院体山水画などをもとに、線を用いない、色彩をぼかした描き方による、空気・空間の表現を試みました。この表現は色を重ねてぼかすため、画面は混濁していました。明治33年に《菊慈童》を発表した時、まさにこの表現が「朦朧体」と批判的な評価をうけました。師である岡倉天心は、その試みを評価したうえで、これからは画面をより「明快なるもの」にしていくよう指導をします。指導を受けたことをもとに、春草の明治34~35年あたりの作品では、朦朧体の表現に加えて、はっきりとした明瞭な色彩への意識というのが感じられるようになります。

そんな、「朦朧体」過渡期にあたる、明治34年に描かれた作品を、今回展示しています。

まずはこちら。
 

右:菱田春草《雨中山水》左:横山大観《夏山水》
明治34年(1901) 本館蔵

横山大観との対幅作品です。
春草は、古典にならい対象を上下に分けた構図をとります。前景には特に濃い墨を用い、大きく払いあげた筆跡をぼかして、山肌の様子をあらわしています。後景には淡い墨とぼかしを用いて空間を描きます。また、余白による霧の表現で空間も生まれています。
大観は、画面の中央に重心を置く構図をとり、濃い墨を中心に用いることでぐっと視線をひきつけられます。樹木はほとんどシルエットのみで描かれ、色面的な表現の中で濃淡によってそのボリュームを伝えています。
線を用いず、ぼかしを活かす、でも曖昧模糊な表現にならないよう墨の濃淡でメリハリをつける。そんな新しい表現に試みる中で、手堅く進む春草と、斬新な挑戦をする大観。個性がありながらもバランスの取れた対幅から、朋友であった2人の関係性までもみえてくる作品です。

つぎにこちら。

菱田春草《秋郊月夜の図》
明治34年(1901) 本館蔵

夜の河畔の群鴨を、墨の濃淡を基調に描いています。前景の深く濃い墨色による明瞭な表現に対し、中継から後景にかけては、輪郭線を排した無線描法、朦朧体らしい表現を使う、異なる描き方を合わせた春草の挑戦がみえます。中景の草むらで二視点にわけるような、古典にならった構図をとりながら、さらに奥行き感をあらわす空間表現も加えようとしている意欲作です。
特に後景には、淡い墨と薄い色彩を重ねたグラデーションを用いています。墨を基調とし色彩をしぼっているからこそ、満月の冷たい光が照らす夜の色彩があらわれています。朦朧体の表現を用いながらそこに明瞭さを少し加えた、バランスのとれた構成となっています。
春草は、師である岡倉天心の指導の下、日本美術には「気韻(写意性。気品、気配のようなもの)」を欠いてはいけないという考えを制作の柱としてもっていました。本作品にもそういった意識がこめられているからこそ、凛として静寂な秋の雰囲気までも描き出すことができているのだと感じます。

朦朧体期の墨の作品は、静かで落ち着いた画面のなかに沢山の挑戦がこめられており、濃淡やぼかしによる墨の多彩な表情をたのしむことができます。

菱田春草記念室 常設展示 第35期 墨の情趣-春草の水墨表現-は7月24日まで。ぜひご覧ください。

(美術部門:加納向日葵)

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