菱田春草 「月下の雁」  明治35年(1902) 絹本著色 109.8× 42.3p
 雲間から顔をのぞかせる満月の下に、舞い飛ぶ三羽の雁を描いた作品である。背景にみられる雲は雲海の如くにモコモコと描かれるが、胡粉を用いた独特の描写法が用いられているために、不思議な透明感を伴った表現となっている。一方で、雁は写生を基盤とした描写がみられるが、応挙の〈芙蓉飛雁図〉を思いおこさせる形態で、古典の学習の痕跡を感じさせるものともなっている。
 この時期の春草は、本図以外にも同画題の作品を幾点か制作している。それらは本図とは背景の表現やモチーフの配置こそ違うが、雁の表現にはいずれも様式的な共通点が感じられるものとなっている。