菱田春草 「牧童」 明治26年(1893) 紙本墨画淡彩 61.3×116.4p
 山あいの小径で、牛を追う二組の牧童を描く。牧童といえば、古来より十牛図に代表されるような禅の画題としての作例が知られているが、本図はどちらかというと牧歌的な感興をもった作品として制作されている。春草は後にも牧童を画題とした作品を多く手掛けるが、いずれも本図同様に自然の中に歩みをすすめる詩情味ある作品となっている。
 画面前景には、墨色豊かな岩塊と、強く緊張感のある運筆で描かれた梅樹とが描かれるが、これらは狩野派の筆法によったものである。本図制作の明治26年は、春草が東京美術学校の生徒であった時期にあたる。彼は美術学校で狩野派をはじめ、四条派、土佐派といった様々な筆法を学んでいたが、本作は彼の学習の成果を示した作品でもあるということができるだろう。