菱田春草 「菊慈童」 明治33年(1900) 181.1×110.7 絹本著色
 「菊慈童」とは、古代中国を舞台とした説話をさす。これは罪を得て辺境の深山に流された少年が、菊の霊力によって不老不死を得て、長きにわたって子供の姿をとどめたという伝承である。
 春草はこの伝承に画題をとり、深山幽谷の湖辺に、菊を手にして佇む少年の姿を描く。紅葉に満ちた森林は多様な色合いをみせ、人も通わぬ山中を思わせる。また波も見せずにたたずむ湖面は、この場の静けさを感じさせる。俗世と隔絶した山中に独り流され、霊薬を得て永く留まった幽遠なる仙境の趣を、巧みにあらわした作品といえよう。
 なお、本図は明治33年春に開催された第8回日本絵画協会・第3回日本美術院連合絵画共進会への出品作である。この頃の春草は没線主催の絵画技法を研究していた時期にあたる。これは輪郭線を用いず(没線)、色面や色の広がりによって絵を構成(主彩)しようとする技法であり、日本画の画面に空間性と光の効果とを取り入れようとする運動でもあった。しかし本図においては、空間や光だけではなく、山の深遠さや仙境的な気配をあらわすことにも有効であったことが確認できる。