【春草展示第35期】ミニ解説⑤未完成の山水図

菱田春草記念室 第35期展示 墨の情趣-春草の水墨表現-を開催しています。

今期の展示室では、水墨表現にまつわる未完成作品を紹介する一角を設けています。


右から
菱田春草《雨中山水》(未完)  明治30年代頃 本館蔵
菱田春草《山水》(未完)  明治40年代頃 下伊那教育会蔵(本館寄託)
菱田春草《雨後の山》(未完)  明治40年代頃 本館蔵

《雨中山水》は明治30年代の朦朧体期の作例です。画面全体にぼかしを用いており、墨色のみで湿潤な空間をあらわしています。墨のグラデーションからは、多様な色彩が感じられます。
《山水》は明治40年代、画面の明瞭化を重視した時期の作例です。遠景の樹木には点描表現も用いています。となりの《雨中山水》と画題としてはほぼ同じであり、ともに墨を基調としていますが、制作年代で表現の違いを確認できます。
《雨後の山》は、《山水》の構図をやや改め、樹木には緑色を加えています。いずれも、湿潤な空気に包まれた山と木々が描かれている同じ画題の未完成作。比べることで時代ごとの描き方のちがい、短期間での表現の工夫の変化などがみえてきます。

そして、《山水》《雨後の山》を経た完成作と考えられる作品が、《夏山雨後》(明治42年頃 播磨屋本店蔵) です。(今回この作品の展示はありません。) 実景らしさをもちつつ装飾性をつよめた構図をとり、明瞭な色彩も加わり、晩年の春草らしい作になっています。未完成作と比べることで、構図の変遷がわかります。その試行錯誤の様子と、妥協を許さない春草の制作姿勢もうかがえます。

春草は、綿密な写生や構想の後、大下絵(完成作と同じサイズの下絵)無しの一発勝負で描くことが多い画家でした。そのため、このようにいくつもの反故作(途中で描くのをやめた作品)が残っています。春草の作品から時折感じる凛とした空気というか、緊張感というか、そういったものは、制作姿勢からも出ているのかな、とふと思うことがあります。

菱田春草記念室 常設展示 第35期 墨の情趣-春草の水墨表現-は7月24日まで。ぜひご覧ください。

(菱田春草記念室担当)

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