【菱田春草常設展示】第34期 美術学校での学び

令和4年度の菱田春草常設展示が始まりました!

本年度の菱田春草記念室では、館蔵作品で春草の画業を時代ごとに紹介し、資料を通してその生涯を追っていきます。

 

第34期は、

美術学校での学び -春草の基礎学習- です。

 

飯田で生まれ育った絵の得意な少年「三男治(みおじ)」が、画家「春草」として歩み始めるまでの道のりをご覧いただきます。画家を志して春草が進んだ東京美術学校では、日本画の近代化を目指すべく3つの基礎学習を設けていました。日本や中国の古画を模写して筆法と画風を学ぶ「臨画(りんが)」、西洋美術の写実法を学ぶ「写生(しゃせい)」、独自に構想した画題を描く「新按(しんあん)」。日本の伝統に西洋の技術を加えて新しい絵画を目指すこの学びは、彼の画業の核となりました。学びの過程と、春草の芸術の始まりをご覧下さい。

 

(美術部門:加納向日葵)

 

菱田春草(1874‐1911)

明治7年(1874)に飯田・仲ノ町に生まれ、新しい日本絵画の創造に生涯を注いだ日本画家です。幼少期を飯田で育ち、16歳で画家を志して東京美術学校へ進みます。校長・岡倉天心や朋友・横山大観、下村観山らとともに歩み、日本画の研究と制作に励みました。
明治30年代の輪郭線を用いない革新的な画風「朦朧体(もうろうたい)」や、明治40年代の装飾性を重視した画風は、日本画が進むべき道筋を示しました。腎臓を害して眼病に苦しみ満36歳で夭折しましたが、彼の活躍なくしては日本画の近代化はあり得なかったといえるでしょう。明治時代以降の画家で最も多い4点の作品が重要文化財に指定されていることも特筆されます。

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