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■善知鳥峠〜牛首峠■


水が日本海と太平洋に分かれる

■春植物が広がる大芝山

■360°の展望が広がる霧訪山

■「えぼし」へのやせた尾根

地図を読みながらの稜線歩き

■断層鞍部にできた牛首峠

 善知鳥峠から大芝山(1210m)へ登り、霧訪山(1305m)を経て、牛首峠まで歩くことができる。標高は高くないが、途中北アルプスや八ヶ岳、南アルプスの高展望が得られる。石灰岩からできている大芝山はかまぼこ状の細長い形をしている。これは、地質を反映した組織地形だ。石灰岩が他の岩石に比べて侵食に強いため、石灰岩の周りの岩石が侵食により取り除かれて、岩体の形がそのまま現れた。えぼしまでは遊歩道がついているが、ここから牛首峠までは、山仕事の作業道をたどることになるが、ところどころはっきりしないところもある。とくに牛首峠への下降点は、地図をよく読んで降りることにしたい。また、このあたりは茸の止山となっているので、キノコシーズンの入山は避けた方がよい。


▲善知鳥峠−牛首峠のマップ(カシミール3Dを利用)

■水が日本海と太平洋に分かれる

 中央アルプスの北端は善知鳥峠だ。この峠は、日本海と太平洋を分ける中央分水界の一角を占めている。塩尻市が設けた分水嶺公園があり、「水のわかれ」と書かれた大きな碑がめだつ。現在153号線が通っていて騒がしいが、かつては広い谷中分水界となっていて、気持ちの良い峠だったのだろう。

 普通は、峠に行政界があることが多いのだが、ここでは、北側の塩尻市が辰野側へ大きく入り込んでいる。行政界は、小野の集落のまん中をとおり、北小野は塩尻市、南小野は辰野町となっている。さらに神社まで二分され、小野神社は塩尻市、矢彦神社は辰野町という具合だ。天正19年(1591)に、藩境争いの裁定で、集落が分断されたらしい。

 両小野の集落は、ちょうど霧訪山の山裾に広がる扇状地の末端に位置していて、いたるところに湧水が見られる。

▲善知鳥(うとう)峠の碑
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■春植物が広がる大芝山

 善知鳥峠からしばらくは塩尻市有林の中のはっきりしない作業道を歩く。尾根に上れば市有林の標識が埋め込まれた作業道が見つかる。この作業道は、はっきりした送電線の巡視路に合流する。おそらく、峠の北側を探せば、巡視路の入り口が見つかるだろう。

 主稜線に近づくと、足下にはときどき石灰岩が転がっている。1/2.5万地形図「北小野」の北東端には、石灰岩鉱山の印がある。ここからはウミユリやサンゴが見つかっているので、もしかしたら、ウミユリの化石が見つかるかもしれない。

 途中、ヒノキやカラマツの植林地があるが、大芝山の山頂付近は、ほとんどが明るい雑木林だ。4〜5月にはニリンソウやカタクリなどの春植物が咲き誇っている。

▲春植物と雑木林の中の道
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■360°の展望が広がる霧訪山

 送電線の鉄塔の立つ「たきあらしの峰」までくると、北側の展望が開けて北アルプスと松本平の景観がみごとだ。大滝山の左に槍ヶ岳がわずかに顔を出している。

 気がつくと、足下の石は砂岩や泥岩となっている。ここから西の稜線には石灰岩が出てこない。1/5万地質図「塩尻」では「たきあらしの峰」の西側の鞍部に南北方向の断層が引かれている。この断層によって、東側にあった石灰岩体がとぎれてしまったわけだ。

 「かっとり城跡」への小道をわけ、カタクリの平をすぎると、霧訪山につく。山頂付近は伐採されているせいか、展望がすばらしい。小野の集落が扇状地の末端に広がっていることがよく分かる。八ヶ岳や南アルプス北部、北アルプス南部の山々を一つ一つ同定するのもいいだろう。木曽駒山塊や南駒山塊は経ヶ岳にかくれて、ほとんど見えない。

 山頂の一角に、オキナグサを保護している草地があった。

▲「たきあらしの峰」から北アルプスの展望
▲山頂のオキナグサ
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■「えぼし」へのやせた尾根

 雑木林の中の急斜面を下っていくと、やせた稜線がでてくる。北東側をみると、階段状の細長い平坦地がある。これは山が解体していく際に現れる小段地形だ。山腹の侵食が進んでいくと、斜面上部が重力的に不安定となる。すると、山体内部にすべり面ができて、表層部分がすべり落ちていく。この動きが途中で止まってできたのが、小段地形だ。霧訪山の北西斜面がすり鉢状に削り取られているのは、おそらく古い崩壊地形なのだろう。

 さらに進むと、稜線が細かく波打つように入り組んでいる。侵食された鞍部は、いずれも南側に寄っている。これは、北側の沢の侵食作用が卓越しているからだろう。

▲霧訪山北西斜面の小段地形
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■地図を読みながらの稜線歩き

 「えぼし」で尾沢峠への遊歩道と分かれる。主稜線上も作業道がしっかりついているが、1298m三角点を過ぎてしばらく行くと、作業道がはっきりしなくなる。ここから牛首峠までは、道に迷わないように注意が必要だ。赤テープにたよるのでなく、尾根の分岐点ではしっかりと地図で確認しながら、主稜線をたどる必要がある。

稜線はほとんどアカマツや雑木林となっているが、尾沢の激しい谷頭侵食によってできたやせ尾根の部分には、砂岩が露出していて、ツガなどの針葉樹が混じっている。自然林に近いのかもしれない。

 牛首峠への下降点手前の1338mのピーク付近は、北側よりも南側の侵食が激しい。稜線には線状凹地ができている。ここから生産された土砂は山麓に緩斜面をつくっていて、ここに牛首峠手前の山口集落ができている。線状凹地の南側の盛り上がりに供えられた石仏や社は、崩れと関係があるのかもしれない。

▲稜線に突然現れた石仏群
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■断層鞍部にできた牛首峠

 牛首峠は小野川の支流飯沼川と奈良井川の支流との間にできた谷中分水界で、霧訪山断層の断層鞍部だ。霧訪山断層は政府の地震調査委員会によると、奈良井断層と一緒に活動した場合、マグニチュードは7.2で、2mの右ズレが生じる可能性があると指摘されている。残念ながら過去の履歴が明らかでないので、長期予測はなされていない。

▲霧訪山断層に沿ってできた直線状の谷
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