菱田春草 「帰樵」  明治39年(1906) 絹本著色 49.5× 70.3p 飯田市有形文化財
  米欧から帰国後の明治38年、春草は大観と連名で『絵画について』という論文を発表している。この中で彼らは「色は刺激にして、専ら直覚に訴ふるものに候へば、彩画は忘我の快感を与ふるの最捷径と存候。…自ら絵画の絵画たるべき本領は、専ら此色調の上に存するものと存候」と述べている。そして30年代中頃より試み始めた色彩の純化を、より深く研究するようになってゆく。
 本図は、薪集めを終えた夫婦が、夕映えの中で家路につく光景を描いた作品。丘の稜線などにはこれまでの朦朧体の手法がとられているが、夕焼け空などは澄んだ印象的な色彩が用いられている。米欧渡航は春草にとって色彩への関心をさらに強める契機となったが、本図においては朦朧体の空間表現と、純化された色彩とが両ながらに成立しているということができよう。