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古墳時代後期の主な遺跡


遺跡 所在地 内容 文献 遺物の所在
恒川遺跡群 飯田市 昭和51年〜平成13年実施

中期〜後期の竪穴住居址250軒以上で、当地方屈指の古墳時代集落

飯田市教育委員会1986『恒川遺跡群』

飯田市教育委員会1988『恒川遺跡 田中・倉垣外地籍』

飯田市教育委員会1991『恒川遺跡 田中・倉垣外地籍』

飯田市教育委員会1991『恒川遺跡群 新屋敷遺跡』

飯田市教育委員会1998『恒川遺跡群 新屋敷遺跡』

飯田市教育委員会2003『恒川遺跡群(田中・倉垣外地籍) 

飯田市教育委員会2003『恒川遺跡群(新屋敷・薬師垣外・阿弥陀垣外地籍)−遺構編−』

飯田市考古資料館
藪越遺跡 飯田市 平成元年調査、後期の竪穴住居址3軒等 上郷町教育委員会1991『藪越遺跡』 飯田市上郷考古博物館
切石遺跡群 飯田市 昭和45年、昭和49年調査、山岸遺跡と天伯A・B遺跡に区分されるが、大きくは切石遺跡群と把握される。中期後半から後期の竪穴住居址61軒等 長野県教育委員会1971『長野県中央道埋蔵文化財発掘調査報告書 飯田地区』

長野県教育委員会1975『長野県中央道埋蔵文化財発掘調査報告書−下伊那郡鼎町 その2・天伯A−』

鼎町教育委員会1984『鼎町一色・天伯B遺跡発掘調査報告書』

 

飯田市考古資料館
妙前遺跡 飯田市 平成10年調査、古墳時代後期の竪穴住居址35軒等 飯田市教育委員会2001『妙前遺跡』 飯田市考古資料館
開善寺境内遺跡 飯田市 平成11年、平成13年調査、古墳時代中期後半から後期の竪穴住居址41軒等 飯田市教育委員会2001『開善寺境内遺跡』

飯田市教育委員会2001『開善寺境内遺跡』

飯田市考古資料館
辻前遺跡 飯田市 平成10・11年調査、古墳時代から平安時代の竪穴住居址・竪穴等37軒等 飯田市教育委員会2003『辻前遺跡』 飯田市考古資料館
留々女遺跡 飯田市 平成10・11年調査、古墳時代から平安時代の竪穴住居址58軒等 飯田市教育委員会2003『留々女遺跡』 飯田市考古資料館
京田遺跡 阿智村 平成3年調査、古墳時代中期後半から後期の竪穴住居址14軒・掘立柱建物址等 阿智村教育委員会1992『京田遺跡』 阿智村教育委員会