受賞作品小論文

陽の光の温かさを羽の内側に含ませて、鳩の群れは全体の息使いを伺い合わせるかのように、同じリズムで膨らんだり縮んだりしている。でもきっと、ほんの少しの思いもよらないきっかけで、散り散りに飛び去っていけるはずだ。
広島・尾道には8年前に訪れたことがあった。映画『東京物語』を見た翌年だった。そして再び、その地で鈍行電車を降りた。凄まじく冷たい空気が、暖かそうな色を使って作った夕景が広がっていた。ただ、私の気持ちは重たかった。展望台を目指して、好きだったその町の坂道を上り始めても、まだそれは変わらなかった。
ふと、学校に続く坂道を下りてきた女子小学生が私の存在に敏感に反応した。十歩近くの手前から、「こんにちはアアア。」と不自然に通る大きな声を発しながら小走りで通り過ぎようとした。彼女の視線がその直前まで私の動きから離れないまま、すれ違うその時に、すっと伏せたのが分かった。そしてどんどんスピードを増して離れていった。それは彼女が私を威嚇していたようにも見えたのと同時に、私が用意していた距離感を彼女に見透かされたからだったのかも知れない。そういえば8年前のあの時も、同じ坂道を転げ落ちてくるように近づいてきた子供と出遭った。その子がスキ歯に空気をすーすー逃がしながら私を見上げ「お姉ちゃんどこから来たの?」と言ってくれた。明らかにそれとは違っていた。そうして私の中のわだかまりはまたひと回り大きくなり、その日、展望台まで足は伸びなかった。
次の朝、道路を挟んで私と並行して歩く一匹の犬の存在に気がついた。道路向かいの私を伺っている気がして少し緊張した。すると、信号の変わり目で道路を渡って、展望台を目指す私の前を歩き出した。そして一定の距離を置いて坂道の曲がり角の度、私のほうをちらっと見ては、遠く光る海を望んでから前に進むのだった。それはまたこっちだこっちだとせかすのではなく、何か目的があるかのごとくその距離を保っていたようだった。恐る恐る近づいたとき、首輪に『ガイド犬-ドビン』と記されていたのを見た。そうやって展望台に辿り着いた時には、ドビンの姿はいつの間にか消えていた。
高台に上がれば取り戻せるものがあるはずだ。そんな漠然とした希望があった。でも冷たく吹き上げてくる風はびゅーびゅーと耳障りだった。隣には「おお、今日は四国がしっかり見えるわ。」とおじいさんが立っていた。「ほらあそこには‥があって。こっちには‥があった。」この町の今はなくなった姿を指して続けた。おじいさんの生い立ちとともに町の歴史も話された。船の往来の激しい海にいつか鯨が来たこと。向島と海の間の空にアメリカの爆撃機がいっぱいになったこと。この場所でどれだけの人にそうやって伝えてきたのだろう。瀬戸内の漁師が潮や風を待つように、生まれて育った街に見送られるときを待っているかのように、そのときまで何度も高台に上がるのだろう。
おじいさんが去りそこには静寂が生まれていた。尾道の風はゆるりと流れて心地よいものに変わっていった。そして大きくまとまった塊としか感じられなかった街の発する音が、断片的に、けれど、響き返すように聴こえてきた。人の話し声、汽船の軽快の音、学校のお昼の放送。街の風景の発する音らが‥放つリズムが見えてきた。ひらめくように、私自身のリズムこそが周りのリズムと響き合えずにいたことが分かった。それこそがわだかまりの原因であったということも。周りとの距離感という隔たりを、何が何でも持ち続けているということこそがやっとお互いが存在しあえるしるしなのだ。そのしるしがおのおのの誇りであることにも。
旅を終えて心のおもりは癒さない必要な傷となって私の中に残されている。ドビンの凛とした遠い視線を思い出す。

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南島絵里子は第3回の藤本四八写真文化賞で奨励賞に選ばれており、写真の技術、表現力は抜群に優れたものを持っている。今回もその高度な表現技術を駆使し、20枚のフォトエッセイにまとめている。

撮影の舞台になっているのは、瀬戸内海の尾道である。物語は小津安二郎監督の名作映画「東京物語」を見て誘発され、8年間に尾道を訪ねたことから始まる。そして8年前の思い出を募いつつ現在とのズレを感じ、その出会い、発見の一つひとつを心象風景と重ねあわせて写真化し、物語を展開してゆく。ある時は鳩の群に心を惹かれ、夕日に映える連絡船の鉄壁、列車の中で見かけた高校生のカップル等々である。また街で出会った犬や猫もそのドラマに登場する。それぞれはなんの繋がりもないのだが、組んだ写真で見せられると尾道という街の生活のリズム、物語が感ぜられる。

「人生は、出会いと別れのドラマである」と、私は思う。これは半世紀以上人間を撮り続けた私の結論でもあるのだが、作者は、その出会いの瞬間を自分のイメージに作りあげ、何気ない光景を捉えながら作者の想像の世界へと見る人の心を魅了してゆく。

フォトエッセイは単純に核となる人物がいないため、20枚のストーリーを組むことは難しいのだが、「隔たりのリズム」は、それを見事にまとめあげており、写真文化賞にふさわしい作品といえよう。

選考委員 田沼武能

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