南アルプスいきものがたり マルダイゴケ

マルダイゴケ

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2013年に開催した企画展「生きものの小べや」では、コケの魅力を紹介する「コケのへや」を作ったのですが、その準備の中で、マルダイゴケの存在を初めて知りました。キノコやコケ写真の第一人者で、現在は糞土師を名乗る伊沢正名さんが書かれた、この高山に生える美しいコケを紹介したエッセイ*を読んだのです。

その文章の中に、マルダイゴケの「臭い」の記述がありました。この美しいコケの胞子は「ウンコ」のにおいがして、その臭いに惹かれて集まってきたハエが胞子を運搬するというのです。マルダイゴケは、動物の糞などの上に生えるコケで、胞子を糞の上に飛ばすには、不確実な風に頼らずにハエを利用しているといいます。それ以来、僕はこのコケに出会ってみたくて、密かに片思いしていたのでした。

 

2016年8月、南アルプス上河内岳で昆虫の調査をしながら登山道を歩いていたときのことです。美しいコケが僕の視界に飛び込んできました。動かないコケだから飛び込んできたというのはちょっとヘンですが、僕にはそう感じたくらい岩の間に生えたコケに目が釘付けになったのでした。

初めて出会うマルダイゴケに、僕は夢中になってカメラをむけました。そうして十分に撮影したあと、今度は地面に這いつくばってそっと鼻を近づけてみました。臭いは伊沢さんが書かれていた通り、まさにウンコ。もう一度嗅いでみてもウンコ。何度も嗅いでいるうちに、嗅ぎすぎて喉の奥がオエッってなってしまいました。

マルダイゴケを心ゆくまで楽しんでいると、一匹のハエが飛んできて胞子の上を歩きまわりはじめました。本の通りです。やがて胞子を体に付けたハエは、別の場所へ飛んでいき、新しいウンコの上に次の世代のマルダイゴケが育つのです。

見た目、臭い、暮らしぶりのどれをとっても面白いマルダイゴケ。僕にとって高山植物の花形のひとつなのです。

*「このは」No.7「コケに誘われコケ入門」文一総合出版32-33p

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